私は、高いところが苦手だ。
観覧車は乗りたくないし、4階建て以上の建物のベランダや廊下などでは、
手すりに近寄りがたいし、スケスケのらせん階段なども怖い。
と、言うと人には、「へえ。高所恐怖症なんですね。」とか言われるが、
はたしてそうなんだろうか。
高いところは危険である。観覧車は事故もあったし、手すりは、何かの拍子に
バランスを崩せば乗り越えて落下することもあるだろう。そして、それが
4階以上の高さだと死ぬ可能性も高い。実際に危険だと思うから怖いだけだ。
その証拠に、飛行機や頑丈なガラスが嵌った高層ビルから下界を見るとき
などは落下の危険性を考えなくて良いので別に怖くない。
だから逆に、高所が平気な人の方こそ、危険に対して鈍感なのであり問題、
というべきであり、”高所平気症”あるいは”高所不感症”とでも呼んだ方が
よいのではないかと思う。
2007年9月19日水曜日
2007年9月17日月曜日
2007年9月16日日曜日
強引すぎるだろう!
以前”アメダス”のことを書いたが、”ユレダス”は、
ご存じでしょうか。
お察しの通り、地震の速報システムです。
いち早く遠くの地震波をキャッチして安全に電車を止めるという。
正確には、国鉄鉄道技術研究所(現在の財団法人鉄道総合技術研究所)が
開発した Urgent Earthquake Detection and Alarm System で、
UrEDAS=ユレダスという事だが、
Urで、rまで持ってくるのは、まだ許せるとして、それをうしろの”E"とつなげて
”rE=レ”と読ませる。
これは強引すぎないか?
大体、アメダスみたいな、洗濯物が濡れて困るかも?程度の(とは限らないが)
被害と違い、 地震といえば大災害で死者発生、ともなりかねない。
シャレ心で名付けるとしても”ユレダス”とは、いかがなものか。
ご存じでしょうか。
お察しの通り、地震の速報システムです。
いち早く遠くの地震波をキャッチして安全に電車を止めるという。
正確には、国鉄鉄道技術研究所(現在の財団法人鉄道総合技術研究所)が
開発した Urgent Earthquake Detection and Alarm System で、
UrEDAS=ユレダスという事だが、
Urで、rまで持ってくるのは、まだ許せるとして、それをうしろの”E"とつなげて
”rE=レ”と読ませる。
これは強引すぎないか?
大体、アメダスみたいな、洗濯物が濡れて困るかも?程度の(とは限らないが)
被害と違い、 地震といえば大災害で死者発生、ともなりかねない。
シャレ心で名付けるとしても”ユレダス”とは、いかがなものか。
2007年9月12日水曜日
2007年9月6日木曜日
2007年9月4日火曜日
トモダチ問題
古文の授業で、”こども”は昔、複数形だったと習った。
一人だと ”子” 複数人いると ”子・ども” というわけだ。
今では1人でも、「こども」と言うから、もう、「こども」の意味は
大人でない人間という意味に変化したというわけ。
そうだとすると、”ともだち”はどうなるのだろう。
私たちは普段、”ともだちできた?” ”ともだちいる?”などと聞くとき、
複数か単数かあまり考えていない気がする。
複数人の”友達”を”友達たち”というのもヘンだ。
一人だと ”子” 複数人いると ”子・ども” というわけだ。
今では1人でも、「こども」と言うから、もう、「こども」の意味は
大人でない人間という意味に変化したというわけ。
そうだとすると、”ともだち”はどうなるのだろう。
私たちは普段、”ともだちできた?” ”ともだちいる?”などと聞くとき、
複数か単数かあまり考えていない気がする。
複数人の”友達”を”友達たち”というのもヘンだ。
かといって、1人の友人の事を”友”というと、
男の友情的(”強敵”と書いて「とも」と当てる)感じになるし。
私としては、このトモダチ問題には仮説が3つ挙げられると思う。
1)「ともだち」に関しては、現在まだ言葉として流動的で、定まっていない
2)友達が1人と言うのもサミシイ話だから、慣習として一人でも友達と言っている
3)自分+友=2人で複数となり、「友達」ということである
さて、真相はどれなんでしょう?
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